大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(むのイ)174号 決定

主文

原裁判を取り消す。

理由

一、本件凖抗告の趣旨および理由の要旨は、本件逮捕手続には違法な点はないのに、これが違法であるとして勾留を却下した原裁判は不当であるので、その取消を求めるというものである。

二、原裁判の理由は別紙記載のとおりである。

三、当裁判所の判断

(一)  一件記録によれば、原裁判がその理由一ないし四に述べる事実は一応これを認めることができる。

(二)  しかし、なるほど、右裁判が理由五で述べるように、被疑者が銀座会館ビル一階の郵便受けから封書等を窃盗のうえ、二階でこれらを廃棄した行為は逮捕者である警備員二人には現認されておらず、また、右封書が発見されたのは、逮捕後であることは認められるけれども、被疑者は深夜人けのない同ビル二階の廊下をうろついているところを右警備員らに現認され、その一人早川稔に「だれだ」と誰何されて一階まで逃走し、エレベーターに乗つたものであり、かつ、各階の部屋の出入口の施錠はしてあるにしても、一階の室外には共同の郵便受けがあり、また右警備員らは九階の管理人室から二階まで階段を通つて降りて来る途中各階の廊下出入口の鉄扉が開いていることを認め不審に感じたことが認められる。

(三)  右事実によれば、右被疑者が二階をうろついていたこと自体ですでに金品窃取の着手行為があつたと認めることもできないわけではない。

(四)  仮に、右の事実が未だ窃盗の着手行為にあたらないとしても、被疑者の二階での現在が、前記認定の状況と合わせ考えて建造物侵入罪にあたることは明らかであり、同罪の現行犯人として被疑者を逮捕しうる刑訴法二一二条一項所定の要件は優に具備されているというべきである。そして、本件犯行のような場合において住居侵入と窃盗未遂は牽連犯の関係にあつて、事実の同一性があり、密接に関連する場合であるから、本件のような事情のもとにおいて、右警備員らが被疑者を窃盗未遂の事実で逮捕した点に手続上のかしがあるとしても、私人の逮捕行為であることをも考慮すると、そのかしは軽微なものというべきであり、それ以後の被疑者の身柄拘束等の手続の進行を妨げるほど重大なものとはいえない。

(五)  そして一件記録によれば、被疑者が勾留請求書記載の被疑事実を犯したことは疎明され、また、同人には同法六〇条一項二、三号の事由があると認められる。

(六)  そうだとすれば、本件勾留請求を却下した原裁判は不当であるからこれを取り消すべきものとし、刑訴法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。

(鬼塚賢太郎 片岡安夫 安廣文夫)

別紙

一、本件勾留請求は建造物侵入・窃盗未遂の両事実についてなされている。

二、しかしながら、現行犯人逮捕手続書の記載によれば、被疑者は窃盗未遂の現行犯人として逮捕されたものと認められる。

三、ところで、本件勾留請求について提供された資料および勾留質問の結果によれば、被疑者は昭和四八年二月一一日午後一一時三〇分ころ本件銀座会館一階裏口から同会館に入り、一階から上の各階に上り各店の出入口を見て廻つたところ、施錠されていた。次いで一階に下り一階表にあつた郵便受けから小包を取出し地下一階に持つて行き開披した。さらに郵便受けから二〇通位の封書を取り出し、二階に上りこれを開披した。その時、早川稔、板橋教雄の両名に発見されたので一階あるいは地下一階に下り、エレベーターに乗つて九階まで上り、次いで一階に下りたところをエレベーター前で逮捕され、九階の管理事務所に行き、同所で小包や封書に関する事実を述べ、間もなく通報によつて同会館に到つた司法巡査に引渡された事実を認めることができる。なお、逮捕時刻は午後一一時五〇分ころと認められる。

四、現行犯人逮捕手続書の記載によれば、逮捕者と被疑者が出会つた際、被疑者が前記封書に関する事実を述べ、二階廊下を調べたところ封書一〇通位が床上(床下とあるのは床上の誤りと認める)に散礼していたので窃盗未遂の現行犯人と認めた旨の記載があるが早川稔の司法警察員に対する供述調書によれば、封筒に関する問答をしたのは管理事務所であり、二階廊下に散乱していた封筒を確認したのは警察官到着後であるとの記載があり、右供述調書記載の経過を辿つたものと認められ、この点は板橋教雄の司法警察員に対する供述調書の記載によつても同様である。

五、本件の逮捕が一階のエレベーター前でなされたとみるか管理事務室でなされたとみるか疑問はあるが、私は前記のように認めた。しかし、いずれにせよ、司法巡査の到着前になされたものであることは現行犯人逮捕手続書の記載により明らかであるといわなければならない。前記早川調書には、エレベーター前でつかまえたと記載してある。

六、そうすると、本件逮捕が建造物侵入の現行犯としてなされたものであれば格別、窃盗未遂の現行犯人として逮捕するには、その行為を現認したものがなく、刑事訴訟法二一二条二項各号該当の事実も認められない。建造物侵入について同項一・四号の事実は認められ、逮捕後に同項三号の事実は認められる。

七、以上の理由により、本件は逮捕手続が違法であるから、これを前提とする勾留請求は不適法である。

なお、本件建造物侵入と窃盗未遂とは牽連犯の関係にあるものと認められるが、それによつては結論を左右しない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例